アソビをせんとや生まれけむ
今年の大河ドラマ「平清盛」では、主人公を、古代王朝国家から中世武家政権へ向かう大きな時代転換のパイオニアと位置づけています。唯物史観的な視点からは、“当時は、農業生産性の向上と、物々交換経済から貨幣経済への移行という経済構造の転換期に当り、こうした劇的な下部構造の変化が、武家階層への政治権力の重心シフトを促した。この変化にいち早く対応し、先駆的な役割を果たした平氏が、強力な経済力を身につけて、政権の中枢に参画することになった”といった整理ができると思います。
「経営者・平清盛の失敗」では、清盛は、日宋貿易の更なる拡大と収益力の向上を目指し、「音戸の瀬戸」開削や人工港築造等の積極的な経営を推し進めたが、彼の最晩年からは、世界的な寒冷気象や「銭の病」(同書では、輸入通貨である宋銭は需給調節ができなかったために発生したデフレとハイパーインフレを指す、という立場)といった不幸な出来事が続いて、平氏は短期間で滅亡。その後の、鎌倉から江戸時代に至る700年弱の日本は、織豊政権等の短期的な例外を除いて、基本的には「土地本位(一所懸命)&閉鎖的(極端な場合は鎖国)」という、武家政権下の社会・経済モデルが続くことになった、という考察をしています。
さらに、もし平氏政権がその後も続いていたら、日本は国際交流にもっと積極的な国になっていただろうから、東アジアに貿易国家として台頭し、日本人はもっと外国語が話せて、土地神話や持ち家信仰もこれほど根強くならなかったのではないか、というおもしろい歴史のifを展開しています。私も大いに共感するところですが、もう一つ、もしそうなっていたら、日本人の儒教に対する理解、ひいては、現在に至るまでの、日本人の人間・人生観や社会・政治に対する考え方は全く異なるものになっていたのではないか、というのが私のifです。
「儒教」は、5世紀頃には日本に伝来していたそうですが、①江戸時代以前は基本的に僧侶を中心とする少数の知識人の教養にとどまったこと、②江戸時代以降に、統治理念や道徳教学として日本社会に広く浸透する過程では、都合の良い部分だけを取り出し、理解・納得できる内容に換骨奪胎するといった、日本人が得意な外来文化・思想の受容パターンを免れなかったこと、③鎖国により事後的な比較検証が十分になされなかったこと等により、日本の儒教は、本来の主旨を残しながらも、かなり特殊なかたちで理解されてきたのが実体のようです。儒教が日本の経済・社会に与えた影響については、既に多く語られており、将来のためにその重要性を見直すべきとの意見も、特にここ数年は多く聞かれるようになっています。この点について、私が理解している範囲での結論めいたことを言えば、“「日本的な儒教」は、明治維新からバブル崩壊までの日本の発展に重要な役割を果たした。しかし、「現在の日本と世界が抱える問題」に対処するには、変質を受ける以前の「儒教本来の考え方」のほうが有効ではないか”というものです。
最初に、歴史的・日本的な変質を受ける以前の「儒教本来の考え方」のポイントからあげると、第一は、多くの宗教とは異なり、最大の関心が社会的人間としての生き方にあり、人間の本質に対する信頼と、努力による成長を肯定的に考える点です。仏教や老荘思想が無知・無欲による個人的な救いに主眼を置くのに対し、儒教は、政治と道徳を主要な問題として真正面から捉え、人間の「欲望」の存在を認めたうえで、それでもなお、人間は他者との間で欲望を調和させる道徳的本質を先天的に持つと考える、オプティミスティックな人間観が正統を占めています。
二番目の特徴として、「儒家的合理主義」をあげることができます。「知るを知ると為し、知らざるを知らずと為す。これ知るなり」の言葉に示されるように、理性で確認できないものを直ちに否定するのではなく、また独りよがりに理論付けするのでもなく、知識や経験を積んではっきりしてきた段階で結論を出すという懐の深い、良い意味での曖昧さを持った合理主義です。これはもちろん、問題を丸ごと先送りする状況追認的な反応や、日和見的な折衷主義といった、無責任な態度を意味するものではありません。対立するものが、その対抗性を失わないで「競い合い」ながら、しかも相手を容認して譲るべきは譲るというあり方、個を貫きながら全体の調和の理想を追求する姿勢、絶えず変動する情勢のなかで広く情報を集めて「中」を求める態度、そうした複合的なあり方のなかに「儒教的合理主義」の神髄はあるようです。
この点については、私自身がどちらかと言えばシロクロを早くつけたいタイプなので、必ずしも充分に理解・納得しているわけではないのですが、現代社会という大きなレベルで考えると、トライ&エラーのやり方を採用して誤った場合の悪影響が、文明の発達によって極端に大きくなっているという認識に立ったうえで、問題によっては、特に環境や国際紛争のような一義的に判断しにくい重大な問題の場合は、時間をある程度犠牲にしても、儒教的合理主義による漸進的アプローチで臨むことの必要性が高まっているように思われます。
三番目の特徴は「修己治人」、一人の人間としての道徳的修養と、為政者としての民衆の統治とを、不可分なものとして考える点です。孟子は、当時の状況を反映して、社会が「君・臣・民」の三者で構成されることを前提にしていますが、その主体間の「君臣関係」については、民衆のレベルまで含めて「双務的な関係」としてとらえており、被治者を大事にしない(=徳の無い)為政者は交代させるべきだ、と考えている点が注目されます。もっとも、その後の漢代以降の儒教は、政治権力の集中が進む過程で、上下関係を強調し、片務的な性格が強まる方向に変質しており、この変質した後の内容が「儒教の封建倫理」として、現在ややもすると批判的にとらえられている、というのが私の理解です。
この「儒教の封建倫理」が強化されてきた期間は、洋の東西を問わず、主要な生産手段がヒトの労働力に限られるなかで、できるだけ大きな成果(戦争での勝利、生産物の増大)をあげるために、「ヒト・モノ・カネ・情報」といった資源を集中させて効率的に管理することが、競争力の源泉でした。そういった状況の下では、組織内部を安定させることが何より必要という意味で、「血統による正統性」や「儒教的封建制」にもそれなりの経済的合理性があったと考えられます。しかし、そうした人類の弛まざる努力の成果として「単位当り生産性」が劇的に向上したこと、需要の中身が大きく変化したこと等により、近年は、資源を極端に集中させ、それを大規模な階層組織により管理・運営することが、必ずしも合理的とは言えない状況や組織が増えています。
こうした変化を反映すれば「儒教的封建制」の内容も当然見直されるべきでしょう。その点で、「君、君たらずとも、臣、臣たれ」を誤りとする見方にはほとんど異論は無いと思いますが、「個人の欲求を全体とのバランスのなかで考えることを否定的にみる」考え方については、私は反対です。民主主義という政治理念のもとでは既に、また経済的な意味でも、一般大衆が「被治者であり、かつ統治者でもある」といった状況にほぼ近くなっているのですから、「力を持つものはそれだけ大きな道徳的義務を負うべき」という「儒教本来の考え方」にそくせば、個人が自発的に全体に配慮する意識は、むしろ強くなってしかるべきだと考えるからです。
以上のような「儒教本来の考え方」と比較した場合の「日本的な儒教」の最大の特徴は、いつわりのない真心を意味する「誠」の強調にあり、江戸時代から敗戦までの日本の君臣関係はどちらかと言えば片務的な性格が強かったと言われています。また、日本人の特徴として、どちらかと言えば、ものごとを単純明快にするほうを好み、気が早くて「良い」となったら突っ走る傾向がある、概して新しいものを良いと考えがち、論理よりも情、理性よりも純粋さに重きをおく傾向がある、といった意見には、私自身を省みても認めるべき点が多いように思われます。そうした日本人の精神的特性が、「日本的な儒教」により助長された結果として、「義理」と「人情」の板ばさみの果ての自己犠牲や、“ただ至誠のあるところを示して批判を後世にまつ”急進的な維新の志士のような、どちらかと言えば悲壮感を伴った行動に対して日本人が美意識を感じるようになったのかもしれません。
そうした視点から最近気になる動きが、政治家に対する批判報道があい変わらず多いことに加え、官僚批判の出版が増えていることです。自浄作用として積極的に評価することもできますが、問題は、一般的な受け止め方が、もっぱら道徳的観点から批判することで溜飲を下げる、といった意識にとどまりがちな点です。そうした批判を展開する一方で、リーダーなのだから何とかしろと要求し、決定されればその内容にかかわらず唯々諾々と従うといった反応は、まさに、「修己治人」の精神が、もっぱら被治者の立場からみた歪んだかたちで、日本人の心理に根付いていることの現われではないでしょうか。個人の尊厳を守るには「国家」による保護が不可欠であること、それなりの機能を持った官僚機構がなければ中程度の「福祉国家」さえ実現できないことは、あらためて述べるまでもありません。リーダーを無責任に批判するのではなく、少なくとも役割を果たす覚悟を持っている人物や組織に対しては、むしろ積極的に協力するべきだと思います。
最後に、「現在の日本と世界が抱える問題」についてですが、単純化すれば、「グローバリゼーションの限界を見据えたうえでの新しい資本主義のあり方」に関する意見の対立と不透明感、と言えるでしょう。グローバリゼーションとは、各国の資本主義体制を、米英型の「市場ベース型」に一元化しようとする、良く言えば福音的、悪く言えば原理主義的な考え方です。リーマン・ショック後は、「市場経済や資本主義そのものに均衡化や自己調整の力をみて、社会諸関係をすべて市場化していくことこそ正常な発展の道だ」とする新古典派経済学の考え方は、現実の人間社会(特に失業等のリスクに対する耐性が大幅に低下した現代社会)にそのまま適用するには無理が大きい、という考え方がコンセンサスとなりつつあります。「西欧的な意味での合理性はあっても、儒教的な意味での合理性は無い」ということに世界が気付き始めているのではないでしょうか。
市場主義に代わる資本主義モデルのヒントとしては、「比較資本主義分析」の考え方が注目されます。これは、各国で異なる比較優位産業が生み出される背景の類型化を通じ、より望ましい資本主義のかたちを考察するもので、ポイントは、①各国の資本主義と、政治・労働・教育・社会保障・文化といった社会的な諸制度との間には補完的な関係がある、②これらの制度はいずれも国際的な共通化が困難なものであり、その違いこそが各国の「資本主義」を独特なものにしている、という考え方です。下図は2003年時点のモデルですが、「福祉(社会保障)」とは産業構造が転換する際に避けられない失業・転職のコストを誰が負うのか、「教育」とは就業者として必要な技能・能力の教育を誰が行うのか、と考えれば分かり易いと思います。
ここで日本が韓国とともに分類されている「アジア型」は、まさに「儒教資本主義」とも表現されてきたものです。明治維新からバブル崩壊までの近代化と奇跡の高成長は、「日本的な儒教」のなかにある、勤勉、誠実、商業道徳、自己や家庭より組織(会社)優先といった国民意識に裏付けられた、年功序列や終身雇用を特徴とする諸制度が、当時の日本を取り巻く環境に理想的に適合した成果と言えるでしょう。先人への非礼をご容赦いただいて、あえて皮肉な言い方をすれば、当時の日本人の国民性に支えられて、急速にそしてある意味で無節操に遂行された結果、という見方さえできるかもしれません。
「比較資本市場分析」には、今後の日本がどのモデルになるという回答ではなく、企業や個人を取り巻く環境(諸制度)がどの方向に向かっているのか、そのなかで企業や個人が自己の目指す目的を実現するためには、何をどういった形で補い、また対応すれば良いのかを考えるためのロード・マップとしての役割を期待すべきでしょう。実際の各国の資本主義は、アメリカ型への一元的な収斂という単純な動きではなく、各国諸制度のハイブリッド化や新たな多様化・構造化が進みつつあるようです。またそうしたなかでも、モノからサービスへ、労働から情報・知識へ、物質中心から人間中心へといった、各国に共通する歴史的な底流が存在するように思われます。
そうした問題意識から目をひいたのが日経新聞の「C世代賭ける」の連載です。抜粋すると、「ジェネレーションCはここ数年米国で使われた言葉だ。年齢は限定しないが基本的に若者。Computer, Connected, Community, Change, Create 等を意味する。… オープンでフラットな関係を好み、コンテンツを発信し、情報を共有し、政治や企業に透明性を求める。」と定義されています。あえて年齢を特定すれば、米国では1960~1974年生まれの「ジェネレーションX」に続く世代、日本では1971~1974年生まれの「団塊ジュニア」に続く「ポスト団塊ジュニア」以降の世代を指すようです。この「ポスト団塊ジュニア世代」の男性について、厚生労働省は2011年の『労働経済白書』で、「他の世代に比べて非正規雇用から抜け出せない人の割合が高く、この世代の若者に非正規雇用拡大のひずみが集中した」と分析しています。そういった意味で、日本のC世代とは、労働福祉を個別企業単位が中心となって支える「ミクロ・コーポラティズム」の枠組みを前提としない(=既得権益を失う恐れから解放された)最初の世代と言えるのかもしれません。
「ミクロ・コーポラティズム」喪失の不安から解放された後の日本社会は、「坂の上の雲」を目指す高成長路線への回帰よりも、穏やかな成長の下で自分自身のなかに価値観を求める、良く言えば成熟した社会になるのではないでしょうか。そうであれば、子供(赤子)の純粋さや青年の気概よりも、大人の冷静な思考、すなわち、自己の存在意義を常に意識し、自己の立ち位置と進むべき方向を自分で意思決定し、周囲に主張すべきは主張し妥協すべきは妥協するという「儒教本来の考え方」が、個人・企業・国家といったあらゆるレベルで必要になってくると思います。IRの視点に置き換えれば、「企業理念」を通じて自社の存在意義(目標)をステークホルダーにしっかりと訴えていくこと、また、それを具体化する「中・長期計画」では環境の変化に応じて生産、経営等の体制をより適切なものへと柔軟に組み替えていくことが、真の意味で重要になってくると考えられます。
“遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけむ 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそゆるがるれ”。「平清盛」でも使われたこの歌は、後白河法皇(昨年ブログで紹介した「熊野御幸」34回の最多記録保持者)が、当時流行していた今様を集成した「梁塵秘抄」に収録されており、末法思想を色濃く反映して法文歌(仏法を説いた歌)が多数を占める同歌集のなかでは、比較的めずらしいタイプの、子供の純真な愛らしさを歌ったものと言われています。
動詞の「あそぶ」には、単なる「ヒマつぶし」や「もてあそぶ」の意味だけでなく、①命令・強制や義務からではなく自分のしたいことをして時間を過ごす(=play)、②学芸修行のために他郷へ行く(=study abroad)といった積極的な意味もあります。また、名詞の「あそび」は、③機械の部品と部品との間の余裕(=allowance)といった意味でも用いられます。私自身は、「アソビをせんとや生まれけむ」を、①日常業務と自分の関心との接点を探り極力創造的な姿勢で臨む、②情報の収集に努めることで自分の認識を常に検証する、③多くの意見を取り入れて拙速に結論付けないように心がける、といった意味にとらえたうえで、知行合一の充実した1年にしたいと思っています。
(トーマス)




国際通貨基金(IMF)は、CPIF(Coordinated Portfolio Investment Survey)という名前で世界の対外証券投資のデータを集計している。同データベースによると、2009年末の世界の対外株式投資残高は13兆6700億ドルで、世界の取引所時価総額の27.4%を占めている。2001年から2009年にかけての対外株式投資残高の伸び率は2.63倍と、世界の株式時価総額の伸び率(1.87倍)を上回っており、クロスボーダーの株式投資が市場の成長を上回るペースで拡大してきたことがうかがえる。
早いもので、今年最後のブログとなりました。色々な災いの起きた年となりましたが、今年を振り返ってみたいと思います。
おとぎ話のタイトルでも、宗教の話でもない、現実の世界の話である。
巨額な資金がからむ大王製紙やオリンパスの不祥事が明るみに出て、日本の
小職は理系の出身である。在学中、友人からは理系ではなく文系に見えるとよく言われたものだが、それは今回の本題ではない。
世界経済はリーマンショック後、一時的な回復の後、二番底を探る展開となっており、我が国経済もグローバル経済の大きな流れの中にある。個別に企業を見れば、成長するアジアに進出し成功を収めている企業、スマートフォンに代表される新たなネット社会の到来のなかで収益を伸ばしている企業など明るい部分もあるが、日本経済全体としては、なかなか浮上できない状態が続いている。この地盤沈下からなぜ抜け出せないか。
新規株式公開(